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書く人・紺の短編作品と書き物雑談。猫好き、本好き、空想好き。写真と言葉と夢から紡ぎ出す、ささやかな物語。
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九分ノ空事_004【三月二十一日】
九分ノ空事_004_ハーモニカ

 ある男の話をしよう。



 晴れていたけれど、風の強い日だった。

 横断歩道のすぐそばにある駅前広場には、信号が変わるたびに多くの人が流れてきて、それぞれが向かうべき方向へと歩いていく。

 ただ、その日に限っては、流れが時折変化をみせた。

 歩いている人が、音に引き寄せられるように、立ち止まり、しばらく曲を吸い込んでまたどこかへ去って行く。人々の視線の先には路上ライブをするバンドグループの姿があった。
 ブルースジャズというのだろうか。音楽には詳しくないのでよく分からない。
 いい感じのリズムを奏で、歌う男性バンドは、私よりもずっと年上の人たちだったが、何だかとてもまっすぐでかっこよかった。

* * * * *

 次の予定までちょっと時間を持て余していた私は、少し離れたところで足を止めて、しばらく彼らの音楽に耳を傾けていた。

 五分ほど経った頃だろうか。
 一人の男が、私とバンドグループの間に立っていた。
 着古したジャケットと帽子、生活道具が入っているであろう旅行トランクほどの大きさのビニールバッグ、年の頃は五十代くらいだろうか。いわゆるホームレスと呼ばれる人であろうことは察しがついた。

 その人は、しばらくの間、ただ立って演奏を聞いていたが、やがてゆっくりと人の流れとともに移動しはじめた。
 私もそろそろ、と思った矢先である。
 彼は広場の脇にある花壇の縁に座ると、荷物を足元に置いて、腰を据えて演奏を聞きはじめたのだった。

 何か意外な気がして、少し驚いていた私の目の前で、またびっくりするようなことが始まった。

* * * * *

 曲が盛り上がってきたところで、おもむろにその人はビニールバッグから何かを取り出し、口にあてると、バンドに合わせて軽快に演奏しはじめたのだった。

 手の中にあるのは、音色から察するに、小さなハーモニカである。

 いきなりセッションされたバンドメンバーたちは、一瞬ぎょっとした顔をしたが、彼の演奏が本物であると即座に感じ取ったらしく、そのまま曲は続いた。

 びっくりしたのは、私とバンドメンバーだけではない。
 通りすがりの人たちも、えっ?という顔で足を次々に止めはじめた。中には「仕込みのパフォーマンスだよ」などと言う声も聞こえたが、私はそんなものではないと思っていた。

 でもたしかに、最初からその人はバンドメンバーの一員であったかのように、自然に溶け込んでいて、プロ級の腕前だった。

 通り一帯を巻き込んで、その人とバンドグループの演奏は続いた。
 おそらく五分か十分ほどの時間だったはずだが、一時間に感じるくらい濃厚な時が流れていた。

* * * * *

 曲が終わると、どこからともなく拍手が起こり、そのうちにアンコールの声も混じりはじめた。

 しかし、その人はハーモニカをバッグにしまい、バンドの人たちにゆっくりと会釈をすると、静かにその場を立ち去った。バンドグループも声をかけるタイミングを失ってしまい、呆然と後ろ姿を見送った。

 何とも言えない不思議な空気感だけが、そこに残っていた。

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(あとがき)
知り合いが出演するある路上ライブを観に行った時に、空からおりてきたお話です(毎度毎度、ネタは空から降ってくる気がします。笑)。
このハーモニカ男の物語は実はまだ続くのですが、まずは新鮮なうちにプロローグとして書いてみることにしました。
続きはまたいつかきっと。

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【九分ノ空事(クブノソラゴト)】
九分通り(くぶどおり)=全体の9割までといっていいくらい完全に近い様子。
空事(そらごと)=本当でない話。

たった一分(いちぶ)のホントから生まれた、うそ日記。
つまりは、ほとんどが作り話である。
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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

九分ノ空事_003【一月十九日】
九分ノ空事_003_日没後


 帰宅すると、荷物を置いて、慌てて屋上にのぼった。
 洗濯物が干しっぱなしだからである。

 日が落ちて、冷たくなっているシャツやジーンズを、せっせと取り込む。
 冬場は外に干しても、乾きが悪い。たこ足にみっちりと干していたタオルは端の方が湿っていた。
 それでもとにかくカゴに詰め込んで、よいしょ、と抱えると階段に向かう。

 屋上はマンションの五階部分にあたるので、途中の階段と廊下の開口部からは、外の景色がよく見えた。

 藍色と赤紫がブレンドされていく空。
 灯でライトアップされた高速道路。
 流れていく車のライト。
 うっすらとうかびあがる屋根のシルエット。
 日が沈んだ直後の、その色あいに思わず引き込まれた。

 そうだ。

 急いで階段をおりて、部屋に洗濯物をどすん、と置くと、スプーンとコップを持って、また戻る。

 空とまちが一番よく見えるところに立って、すっとスプーンを持つ手をのばした。

 すうっ。

 空にスプーンの先が入って、まるでムースを削るようにすべる。手前に戻したスプーンの上には、小さな青い欠片がちょこんと乗っかっていた。
 次は赤、次は緑、次は……。

 一、二分の間、夢中で色を拾った。
 そうしてるうちに、あたりはどんどん暗くなり、いつの間にか車のライトと街灯の色だけになっていた。貴重な時間はいつでもあっという間にすぎてしまうものだ。

 コップいっぱいにたまったきらきらの欠片たちは、冬の匂いがした。

 洗面器にお湯をはって、先ほどの欠片を流し込んだ。
 アイスが溶けるみたいに、何の抵抗もなくお湯に混ざっていく。
 そして、さっき見た彩色のショーが、再び水面で繰り広げられた。

 最後は夜の闇色になり、ぱっと無色に変わった。
 色が消える瞬間、隅っこに小さな月が見えた気がした。
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【九分ノ空事(クブノソラゴト)】
九分通り(くぶどおり)=全体の9割までといっていいくらい完全に近い様子。
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九分ノ空事_002【六月二十八日】
九分ノ空事_001_発芽


「まゆ毛、貸してくれる?」

 母が言う。
 私は引出しを開けて、手のひらに乗るくらいの四角い缶を取り出す。
 フタを開ければ、仕切られた培養土の上に、数個のまゆ毛が育っていた。

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九分ノ空事_001【六月十九日】
九分ノ空事_001_夕焼け


 会合からの帰り道、思い立って家までの道のりを40分かけて歩くことにした。
日が落ちる前の黄昏時。
 人の顔が分かるか分からないかの、薄暗い中では、目よりも鼻がずっと役に立つ。
 美容院の並びでは、パーマ液のにおいが鼻を付いた。
 小学校のそばを通ると、おぼえのあるにおいがした。ああ、カブトムシのにおいだ、と分かった。
 もうしばらく歩く。空き地を囲むフェンス。薄闇の中でも鮮やかな赤色が浮き立っている。ふと、衝動にかられてその赤に触れてみる。
「あ」
 手が吸い付いた。まだ乾いてなかったのだ。手の平にはぺったりと赤いペンキが染みをつくっていた。
 深く鮮やかなその色は、まるで血のようで、
「血、みたい」
 と、口に出して言った。
 言った途端に、手のひらに大きな傷が口を開けた。
「いたい」
 もう片方の手で押さえると、すこしじんじんした。
 どうしよう。ああ、そうか。
 ペンキ、と言いかけて、少し考えてこう言い直した。
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