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書く人・紺の短編作品と書き物雑談。猫好き、本好き、空想好き。写真と言葉と夢から紡ぎ出す、ささやかな物語。
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no.34「112」
112_年賀状
(写真:2008年の年賀状の束には…)


 私は元日があんまり好きじゃない。
 私にとっての去年の元日は、一年で一番「不吉な日」だったから。

           * * * * *

 去年の一月一日、その古いマンションの部屋があまりに冷えるのでなかなか起き上がることができなかった私は、ようやく昼近くになってごそごそと布団を這い出した。
 大家のおばさんが分けてくれたおせち料理で遅めの朝食を食べる。

「いつからお休みなの? 実家には戻らないの?」
「正月二日から仕事なんで、実家には二月まで帰らないんです」
家賃を支払いに行った時にそう答えた私に、おせっかいなおばさんは「でもお正月なんだから、おせちくらいはね」と大晦日の晩に届けてくれたのだ。入居当時から、なぜか私は大家さんに娘か孫のようにかわいがってもらっていた。
 あつい緑茶を飲んで、少し暖まったら、上着を着込んで一階のポストに届いた年賀状を取りに降りた。

 色とりどりのハガキは大した数も無く、いつもの顔ぶれ。大学時代の友達エリとアツコ、幼なじみのユウコ、同級生の面々、前の会社で仲の良かった同僚、北海道に住んでいる律儀な兄の一家などなど……。
 流し読みしながら階段をあがっていた私は、ひらりと落ちた一枚を拾おうとして、バランスを崩した。前夜の寒波で、霜がおりた階段は、いつも以上に滑りやすくなっていたのだ。

 あ、と思う間もなく。私の体はさっきまで立っていたポストの前に転げ落ちていた。着込んでいたおかげで体への衝撃は少なかったが、足首が、明らかにおかしなことになっていた。寒さとともに、激痛が走った。

 音に驚いた住人が様子を見に飛び出して来て、慌てて救急車を呼んでくれた。
 医者の診断は骨折、全治3ヶ月。女の子だし、顔に傷が残らなくてほんとによかったわぁ」と、大家さんはお見舞いで何度もそう言った。
 そんなこんなで、去年の元日は、ホントにツイてない日のスタートとなってしまったのだった。
 その後の仕事や生活にも数々の支障が出て、何となくケチのついたような一年を過ごし、また元日がやってきたのだ。

           * * * * *

 今年の年賀状は心無しか数が増えた気がする。去年のケガでしばらく会ってなかった友人と連絡がとれたことも影響したのかもしれない。
 とにかく「読みながら」階段を上がるのだけはやめよう、と、慎重に部屋まで戻った。去年のことがあってから、また今年の元日にも何かとんでもないことが起こるのではないかと理由も無く不安になっているのだ。
 でもそんな不安も、年賀状に書かれたメッセージを読んでいくと、少しだけ薄まっていく気がした。

 しばらく読み進めて、
 「なにこれ」

 思わず声に出してしまった。
 ハガキの束の中程に、差出人のない赤いハガキが挟まっていた。いや、差出人どころか、宛先も年賀状絵柄の印刷も何もない。両面が真っ赤なハガキサイズの紙。
 ただ、裏面には箔押しの字で小さく隅に「112」とだけ印刷されていた。

 郵便配達の仕分けで使った色紙か何かかと思ったが、それにしては上質な紙で、しかも金文字。謎めいた文字の意味を考えずにはいられない。

 脅迫状とか暗号? でもこれじゃあ意味不明だ。
 当選番号? ツイてない去年は、賭けやくじに手を一切出してない。
 1月12日、あるいは11月2日という日にちで思い出すこともない。
 誕生日でも何かの記念日でもない。
 住所にも関係ない。

 もしかして何かのお告げ?
 112という数字の何か?
 112番……?
 112回……?
 ……112点……?
 ……………112度……………?
 

           * * * * *

 川のほとりで番号を読み上げている、という奇妙な夢を見て、目が覚めた。
 前夜の睡眠不足で、少し居眠りしてしまったらしい。
 しかし目覚めても、やはり水の流れるような音が聞こえていた。
 一瞬のうちに頭の中で記憶が整理されていき、私は反射的に立ち上がって脱衣所に走った。洗濯機のはずれたホースから流れた水が、床を小さな湖に変えてしまっていた。

 「やっぱり元日って最低!」
 私は、水を止めて、力なく座り込んだ。

 慌てて濡れた床の始末をして、一通り落ち着くと、ふと階下の部屋のことが気になった。古いマンションだし、もしかしたら下の住人に迷惑をかけてしまったかもしれない。とりあえず、一声かけに行かないといけないだろうな。そう思うとまた気が重くなった。勤め人の一人暮らしが多いこのマンションでは、両隣くらいしか顔を知らない。下の人が気難しい人だったらどうしよう。いやそれよりもこんな日に家にいるのかどうかも分からないし……。
 とにかく、早めに対処しておいた方がいい。私は手早く着替えて簡単にメイクをすると、階下に向かった。

           * * * * *

 「藤崎」と書かれたその表札の上に「112」というどこかで見たような部屋番号があった。まさか、とは思いたいが、やはりあの赤いハガキは私にとっての「凶みくじ」だったのかもしれない。
 この偶然の一致に増々落ち込みながら、恐る恐るインターホンを押した。留守かと思い二度目のベルを鳴らした時、若い男の人らしい声で返事があり、上の階のものだと告げると、扉がゆっくりと開いた。
 相手が顔を出すなり、私は頭を下げて、すみません、と言い、洗濯機のホースが外れてしまったことと水漏れしているかもしれないことを早口で告げた。
 ちょっと待ってくださいね、と一旦家の中に戻ったその人は、しばらくして戻ると「大丈夫ですよ」と柔らかい声でおしえてくれた。
 私より少し背の高い色黒の優しい目をした男の人が、こちらを見て笑っていた。
「すぐに対処されたから、よかったんじゃないですか? ウチの方はまったく問題ないですし。わざわざ伝えに来てもらってどうも」

 よかった。
 水が漏れてなくてよかった。

 でもそれ以上に、驚きの事実が今、目の前にあった。

 人懐っこい笑顔のその彼は、私が去年病院通いをした時に、バス停の向うのグラウンドで何度か見かけてずっと気になっていた人だ。草野球のチームの練習で、すごくすごく楽しそうに球を追いかけていた人。

 同じマンションに住んでいたなんて。
 
 私は考えた。
 これは最悪の出会い?
 だって私は新年早々、水漏れ事故を起こしかけた上の階の住人だ。
 でもきっと、私は、これを最高のチャンスに変えてみせる。
 赤い紙もそう予言してる気がする。

 元日をもう「不吉な日」になんてしたくない。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

お正月なので、年賀状にちょっとした幸せスパイスを。
それを生かすも殺すも、自分次第。
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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

no.33「あげぞこ」
あげぞこ_夕焼け
(写真:那覇~神戸の飛行機から見た夕陽)

 機内販売限定のクッキーセットを買ったのは、ほんの気まぐれだった。

 沖縄の取材旅行から戻る飛行機の中で、することが無くなった私は、機内誌をあまり読む気もないのに、ぱらぱらとめくっていた。

 さっきまでは、撮ってきた写真を、デジタルカメラのスライドショーで見ていたのだが、2回繰り返して見たところで、バッテリーが切れてしまった。
 そこまで眠くもないし、ヘッドホンで聞く機内放送のチャンネルにはあまり好みの音楽が無い。ポータブルの音楽プレーヤーを持ってきてないことをここに来て少し悔やんだりした。
 といっても、もう1時間もすれば神戸に着くわけで、ヒマつぶしに機内販売のカタログを手に取ったのだ。

 実際に機内で販売されるものは最初の十数ページ分だけで、残りの、旅行バッグやら棚やら健康器具やらの商品は、通信販売で注文するものだということを、今さらながらに知った。
(こんなの、家に帰ってから注文してる人とか、いるのかなあ)
 素朴な疑問が浮かんだ。
 横を見ると、出張帰りのサラリーマンらしき中年の男性が、毛布を全身に被って爆睡していた。
(まあ、この人は確実に買わないだろうな)
 私はカタログをめくった。

 5ページに掲載されていた、外国のクッキー缶が、エリが好きそうなデザインだった。サイコロのような形の銀色の缶に、白と黒のシルエットで森と鳥が描かれている。
 取材に忙しくて、一緒に暮らしている妹のお土産を買うのを忘れていた私は、「ちょうどいいかも」と、そのかわいいクッキー缶を1つ、そばを通りかかった客室乗務員に注文した。

 寝ているサラリーマン越しに、支払いのやりとりを済ませ、両手に乗るくらいの大きさの缶が入った紙袋を受け取った。

 席に座り直すと、ちょうど夕陽が沈むところだった。
 赤・オレンジ・黄色・青・紫。そして言葉では説明できない色。幻想的な色縞模様が、窓の外に展開されていた。
 あまりにきれいなので、私は思わずカメラで撮ろうとして、バッテリーがさっき切れてしまったことに気がついた。
「ざーんねん」
 小さくつぶやいてから、日が沈むまでずっと窓を見ていた。
 しばらくして、飛行機は着陸態勢に入った。

           * * * * *

「きゃー、これかわいいーーー」
 包装を解いたクッキー缶を前にしたエリの表情は、私の選択が間違っていなかったことを表している。
「やっぱりね。エリ、こういうの好きだもんね。中身も美味しそうだったよ」
 私がそう言うと、エリは「じゃあ、今すぐ食べようよ」と缶のフタに手をかけた。
「相変わらずせっかち。疲れた姉にお茶くらい入れてくれてもいいじゃない」
 呆れている私にお構いなく、エリはクッキーを口に運んだ。

 詰め合わせてあった6種類のクッキーは、どれにもハズレが無かった。
 次々に食べるエリにつられて、私も手を出し、クッキーは見る間に減っていった。

「あれ?」
 エリがヘンな声をあげた。
「お姉ちゃん、ちょっとこれ見て。これだけしか入ってないんだよ。すごい上げ底だよね」
 たしかに、中のクッキーが入ったケースの底は、缶本体よりもずいぶん浅く出来ていた。下の3分の1くらいが空洞だということになる。
「まあね。機内販売だし、このくらいのもんじゃないの?」
「それはそうだけどー」

 悔しいのか、エリは中のケースをつまんで缶から持ち上げようとした。

 その時、ケースと缶のすきまから、まばゆい光が射した。

           * * * * *

「何? 今の」
 驚いたエリはケースを元に戻した。
「分からない。燃えてる、とかそういうんじゃないよね。缶の底に何か反射したのかな」
 そう言いながら、私はケースに手をかけた。
「大丈夫?」
 エリが言う。
「大丈夫、だと思う。怖いんだったら、ちょっと離れてたら?」
「・・・・・いいよ。一緒に見る」

 ゆっくりと、ケースを取り出した。
 同時に、オレンジ色の光が、部屋全体に広がった。
 缶の中をのぞいた私は「あ」と声をあげた。

 缶の中に、幾多の色の縞が煌めいている。それは見覚えのある光景だった。
 あの夕焼けの時間が、そこにあった。
 オレンジの光が段々弱くなり、深い青色と紫色が広がり、やがて夜になり、消えた。
 消えてしまうと、缶はもう普通の缶でしか無くなっていた。光の痕跡は、何ひとつ残っていない。

 夢中になってのぞき込んでいた私たちは、顔を見合わせた。
「これ、帰りの飛行機で見た夕焼け」
「そうなの?」
「カメラのバッテリー切れて撮れなかったんだけど、まさかもう一度見れるとは思わなかったなあ」
「すごいものが入ってたね、上げ底に」
「きれいだったでしょ?」
「うん、これがサイコーのお土産かも」
「機内販売も捨てたもんじゃないか」
 私がそう言うと、エリがぷっと吹き出した。

「この缶、私がもらっていい?」
「もちろん。元々、エリのために買ってきたんだし。好きなもの入れて使ったらいいよ」

 エリは缶をひっくり返したり、叩いたり、中に入っていたケースを出したり入れたりしている。
 何とかして、もう一度見れないかと思っているらしかった。

           * * * * *

 1ヶ月がすぎても、エリは缶の中に何も入れられずにいた。
 でも、もう二度と、あの光景が現れることは無かった。

 窓際に置いた缶は、太陽の光を受けて、きらきらと光っている。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

沖縄旅行の、行きの飛行機の中で思いついた話。
上げ底に、いろいろなモノが入っているパターンを考えてました。

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

no.32「運河」
新在家運河
(写真:神戸市灘区・新在家運河)


 5月半ばのことだ。
 近所の運河に何かが住み着いた。

          * * * * *

 あれはスーパーから戻る途中だった。
 夜遅くに、無性に果物が食べたくなった私は、財布と鍵を持って23時まで開いている近所のスーパーに出かけた。
 甘夏とイチゴとバナナ、途中で胡椒としょうゆを切らしていたことを思い出してそれも買った。
 帰り道、運河の横を通りかかると、何となくいつもと違う気配がした。

 運河といってもそんなに大きな流れではない。単なる幅の狭い川だ。所々に入水口となっている横穴が開いていて、大量の水がいつも流れ込んできている。
 どこかの下水処理水なのだろう。栄養価が高いのか、水温が高いのか、その流れのあたりにはいつも魚が群れていて、昼間の明るさならそれを見ることができる。

 立ち止まって、流れを覗き込んだ。
 暗くてよくは分からない。
 少しだけ身を乗り出してみた。その途端、持っていたスーパーのレジ袋から、甘夏がごろんと転げ出し、止める間もなく水面に向かって落ちていった。

 その時だった。

 ざばん。
 大きな波が立ったかと思うと、巨大な、魚のようなものが浮かび上がり、甘夏とともに水中に沈んだ。
 一瞬、金色に光るうろこのようなものが見えた。
 その晩は、それからどれだけ待っても二度と姿を現さなかった。

          * * * * *

 私はこの道を通る時に、注意して運河の中を見るようになった。
 近くの高速道路が影を落とすので、昼間でも薄暗い場所だし、釣りをする人もほとんどいない。そもそもこのうっすらと濁った水を眺める奇特な人間は、私くらいのものだったので、あの魚のような何かの存在は誰にも知られることがなかった。
 私だけは、時々、太陽の光に反射したうろこを確認しては、一体何がいるのか想像をめぐらしていた。

          * * * * *


 初めて姿を見てから、一週間ほどたった日曜日のことだ。
 休日出勤していた私は、思ったよりはやく仕事が片付いたので、午後3時に家路についた。
 例の運河を通りかかると、珍しく人だかりが出来ている。
 まあ、人だかりといってもせいぜい5~6人くらいのものなのだが、普段あまり人がいない場所なので、その人数でも人だかりに見えるのだ。

 私も近づいてみた。
 どうせヒマなのだ。

 運河の脇の遊歩道に、大きなものがぐっしょり濡れて横たわっていた。
 横に釣り具を持った中年のオジサンがいて、どうやらこの人が釣り上げたらしい。

 金色に縁取られた黒いうろこ。

 あいつに違いない。
 私は確信した。

 薄汚れて、所々破れているそれは、まぎれも無く立派なこいのぼりだった。
 破れたお腹から、いくらかの泥と、橙色の甘夏の皮らしきものが顔を出していた。

 糸が切れて飛んで来たのだろうか。
 上流を旅してきたのだろうか。
 それは私には分からない。

 魚なだけに、一度は水の中での生活を味わってみたかったのかもしれない。

 大きな丸い目が私を見つめている。
 この運河に住み着いていた時の姿を知っているだけに、このままゴミにされるのはしのびない気がした。
 かといって、こんなに大きなものはとても持ち帰れない。

 オジサンが次の獲物を釣り始め、人だかりも無くなっているのを確認して、布の裂け目に手をかけた。生地が傷んでもろくなっていたせいで、すぐに破れ、手のひらサイズの切れ端が私のものになった。

          * * * * *

 家に帰ってから、庭で布を焼いた。
 最初にこの部屋を借りる時、1階は物騒か少し心配したけれど、小さな専用庭があったのでその誘惑に負けたのだ。
 青紫の花を咲かせているムスカリの横に、私は灰を埋めた。
 思い立って、台所から甘夏を取ってきて、供えた。

 夕陽に照らされて光る橙色は、あのうろこを縁取る金色を思い出させた。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

こいのぼりって、生きてるんじゃないか、と思うことが時々あります。
あとこいのぼりを描く職人さんの技に惚れ惚れします。笑

埼玉の加須市はこいのぼり生産量が日本一だそうです。

最近は素材や色柄のバリエーションも豊富なようですねぇ。

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

no.31「願いと結末」
願いと結末_鵯越墓園
(写真:神戸市北区・鵯越墓園内の道路)


 やれやれ
 と神様は思う。

 毎日、毎日、神様の部屋の前には長蛇の列ができる。
 進化の途中でこの世に出なかった、数々の生き物たちが、今一度自分を光のあたる場所へ行かせてくれと懇願しにくるのである。

 むろん、そんなものを次々を世に送り出していては、混乱を招くだけである。
 地上をご覧になりながら、本当に必要だと思われた時は、こちらの世界の生き物を地上にやることもあるが、ごくまれなことである。
 あとのものには、優しく、しかし力強く説得力のある言葉で、諦めさせるのが、神様の日課だった。こちらの世界だってそう悪いものではないのだ。
 そして神様よりも弁が立つものなど、誰一人としていないのであった。

 今日の最後の訪問者は、緑の小さな植物だった。何百年か並んで、ようやく神様と話ができることになったのだ。
 この植物は地上を時々観察していて知っていた。自分とよく似た植物があちこちに生えていることを。自分のぜひともあの仲間に入りたい、そう願っていた小さな植物は、神様に真剣に、熱心に、思いを伝えた。

 神様はいつものように、なだめながら説得をはじめたのだが、この植物、力説するあまり、無意識に神様に鼻先まで近づいていた。
 そして、細く長い緑の葉先が、神様の鼻をくすぐった瞬間、神様はこの世のものとは思えないほどの大きなくしゃみを一つした。

          * * * * *

 小さな植物にとっては、ある意味幸運のくしゃみとなった。勢いよく気流に乗って、地上のある小さな国に落とされたのである。

 やった。これぞ願っていた地上だ。

 喜びを隠しきれない植物は、自分の落ちた地面の割れ目にあった土に根を生やし、成長と増殖を始めた。
 何百年も我慢していただけのことはあって、増える勢いはすごいものがあった。
 先住の植物たちへの遠慮も多少あったのか、この小さな植物は隙間や目地を主立った住処とした。

 石垣の隙間や、道路や壁のひび割れした部分から、なぜか急に芝草が生え出したことを、その国の人間は不思議に思っていた。

「種でも飛んできたのかねえ」
「芝生の種ってのは風に乗ってくるんだったっけ?」
「さあ、よく知らないけどね」
「でもちょっと生え過ぎじゃないか」
「たしかに。道路にあった隙間があっと言う間に緑の線に化けちまった」
「うちなんかちょっとヤバいよ。よく分からないけど、天井板の継ぎ目にまで生え出して」
「おいおい、家の中はちょっと困るんじゃないか」

 そんなことを言っていた人ですら次の日になると、
「どうしよう。コンセントの差し込み口から芝が生えてるんだ」
 なんてことを言う始末だった。

 地上で暮らしたことが無かった小さな植物・芝草の一種は、喜ぶあまりに、家の中にまで増殖していったのである。

 さすがの神様も事態に気がついて、芝草を回収しようとした。
 あちこちから生える突然変異種の芝草の駆除に、そろそろ国も腰をあげようとしていた。
 しかし、その前にやってきたのが、寒気団であった。
 例年のごとく寒気団に襲われたその国の気候は、一気に冬模様となった。
 たまったものでは無かったのが、突然変異扱いをされている例の芝で、寒い地方にいるものから順に、次々と枯れ始めた。
 増えた時の倍のスピードで、芝草はこの国から姿を消そうとしていた。

 枯れながら、最初にこの国に根付いた芝草は、自分たちが寒さに弱いことを初めて知ったのだった。

 だから、進化の途中で置いていかれたのか。

 今さら分かってもどうしようもなかった。ほんのわずかな時間でも地上に根を下ろせた思い出に浸りながら、その小さな植物は意識を失った。

          * * * * *

 一人の青年がいた。
 観光目的の海外旅行でこの寒い国に遊びに来ていた彼は、実は秀でた生物学的センスを持ち合わせていた。
 旅行中にあちこちで見かけた新種の芝草に、何か感じるものがあって、枯れる直前のものをこっそりガラス容器に入れて、国外へ持ち出していた。

 飛行機の中で、彼は着ていた上着を脱いで、ほっと一息をつく。
 冬がくるとかなり寒くなると聞いていたので、かなり着込んでいたのだ。
「帰りも長旅になるなあ」
 そうつぶやくと、しばらくして寝息をたて始めた。


 数年後、熱帯の時期が大半をしめる彼の国で、暑さに強い芝草が自生種のごとく広まることを、今はまだ誰も知らない。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
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転機はどこにあるか分かったもんじゃないな、と思います。笑
自分をちゃんと理解してくれる人が、世の中にたった一人でもいれば、まあ人生捨てたもんじゃないですな。笑

小さな芝草に幸あれ。

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no.30「跳び箱」
跳び箱_灘の小学校
(写真:神戸市灘区の小学校にある跳び箱)


 その男は、もう三日近く、ろくなものを食べていないし、眠っていない。
 最初の頃は神経も張りつめていたのだが、体力が落ちていくと、どんどん集中力が無くなっていくのが手に取るように分かった。

 どこかで休まなければ。
 そう思うのだが、男に頼れる知人はいない。むろん友人がいないこともないが、そこに身を寄せればきっと迷惑をかけるだろう。

 とにかく今は逃げることしかできなかった。
 できるだけ人目を避けて。

 男はある事件を起こして警察に追われている。
 殺意は無かったにせよ、人を一人殺めてしまったのだ。
 いっそのこと、すぐに自首をしていればよかった。
 そう後悔しそうになるが、あと少しの勇気が出ないのだった。

          * * * * *

 目の前から誰かが来る気配がして、男はとっさに近くの低い塀をよじのぼった。
 大きな建物が体育館だと分かり、そこが、小学校だということに気がついた。
 何気なく窓に手をかけると、それは音も立てずに開いた。どうやら鍵を閉め忘れていたらしい。

 今日の日付を頭に思い浮かべた。
 今は春休みだ。体育館が使われることもしばらく無いんじゃないだろうか。

 そう考えて、男は中に忍び込んだ。

 マットを敷いて眠ろうとしたが、やはり身をさらしていることが落ち着かない。
 どうするか、しばし思案して、片隅の木箱の集団に目がいった。

 ごとん。

 誰もいないと分かっていても、音がすると心臓が跳ね上がった。
 慎重に木箱を動かして、その中に自分の体を沈めた。小柄なことを、この時ばかりはありがたいと思った。

 明日の朝早くに出発しよう。

 ゆっくりと最上段のフタを閉じると、跳び箱の中で安堵した男は深い眠りについた。

          * * * * *

 よほど安心をしたのか、男は起きるべき時間をかなり過ぎて目を覚ました。
 いや、子どもの声に起こされた、という方が正確だろう。

 隙間からのぞくと、マットで前転や側転をしている子どもたちと若い女教師の姿が見えた。
 体操部の練習だろうか。

 予想しなかった事態に、心臓はすごい速さで脈打っていた。外まで聞こえるのではないかと、ひやひやしながら、しかしどうすることもできないまま、跳び箱で息を殺していた。

 練習さえ終われば、それまで見つからなければ、子どもたちは帰っていくだろう。
 何とか持ちこたえないと。

 ところが、さらなる想定外の事態が発生した。

 練習が終わった生徒たちが、跳び箱に近づいてきたのだ。
 このままでは見つかってしまう。
 いっそのこと、ここから飛び出して、出口に向かって全速力で走ろうかと考えた。見る限りでは大人はあの若い女の先生が一人。子どもも女子が大半なので、逃げ切れるのではないか、そう思えた。

 ショートカットの子と、髪を二つに束ねた子の二人が跳び箱に手をかけそうになった瞬間。
 男は思い切って立ち上がった。

 ごとん。

 子どもたちは跳び箱を一段ずつマットのそばに運んで、また重ねていった。
 中にいるはずの男の姿はどこにも無かった。

          * * * * *

 男には最初、何が起きたのかが理解できなかった。
 飛び出したはずなのに、体が自分では動かせないことに気がついた。
 その上、跳び箱に手をかけた子どもたちには、自分の姿がまったく見えていない。

 跳び箱が順に運ばれるにつれて、男はそのあり得ない現実を受け入れざるを得なくなった。

 男は、跳び箱になってしまっていた。
 それに気がついて、思わず叫び声をあげたが、もちろんそんなものは誰にも届くはずもなかった。


 逃げる生活にも疲れていたが、まさかこんなことになろうとは思いもしなかった。悲観してみたが、自殺できるわけもなく、いっそ狂ってしまえばいいと思ったが、それもさせてくれない。
 しかし動けず話せずの状態で、日々を過ごすうち、心の中はだんだんと変化し、そのうちに、跳び箱として生きることが、それほど苦では無くなっていった。

 春休みが終わると、毎日のように、男の上を子どもたちが飛び越えて行く。
 時には、どうしてもうまく飛べない子が、馬乗りになったまま、最上段に取り残されたりする。

(もうちょっと前の方に手をつけばいいんだがなあ)

 密かに応援する。

 ただ、男には一つだけ耐えられないことがある。
 運んでいる時に、何を間違うのか、違う跳び箱と組み合わされてしまうことである。

 体をバラバラにされてしまったようで、どうにも落ち着かなくなってしまうのだ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

「跳び箱は正しく組み合わせて使いましょう」
という教訓・・・ではありませんよ。笑

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no.29「巣箱」
巣箱_六甲山
(写真:神戸・六甲山・自然の家の森にて)


 チョコレートにするか、フルーツにするか。

 しばし悩んだ末に、俺はチョコレート・ロールケーキを選んだ。
 大好きな、いずみのための、プレゼント。

 玄関で出迎えてくれた彼女は、めざとくその紙袋を見つけて、満面の笑みを浮かべた。
 姪のいずみは、ここのケーキが大好物なのだ。

 今月末は可愛がっている姪の10歳の誕生日。俺は日曜日に彼女が好きなチョコレート・ロールケーキを持って、姉貴の家を訪ねたところだった。

「いずみ、誕生日おめでとう」
「ありがとね、おにいちゃん」

 姪は昔からよく俺になついていた。一人っ子で兄弟姉妹がほしいのか、ひとまわり以上、年の離れた俺のことを「おにいちゃん」と呼んでいる。

 台所では、料理が得意なリョウヘイさんと姉貴が、着々と準備を進めている。
 もうすぐ、誕生日を迎えた孫の顔を見に、両親も来ることになっていて、今日はいずみの誕生日を家族みんなで祝うのだ。

 いずみはロールケーキを食べながら、先月、親子3人でディズニーランドに行った時の写真を見せてくれたり、今ハマっている漫画のことを話したり、ということをひとしきりすると、なんとかというアニメが始まると言って、リビングでテレビを見はじめた。

 俺は息抜きに庭に出ると、一本だけタバコを吸って、姉貴が育てている植物や庭木をながめていた。
 ふと、モクレンの枝の間に、置いてあるものに目がいった。
 ちょうど俺の目線の高さにあるそれは、まぎれも無く木でできた巣箱である。

「ねえちゃん、これって、鳥、住んでんの?」

 テーブルセッティングをしている姉貴に聞くと、

「それ、いずみが工作で作ったのよ」

 と手を止めずに答えた。

 中をのぞくと、何も入っている様子はない。背後から光が差し込んでいるので、そっと持ち上げて裏を返すと、巣箱の背板の下部に1センチほどの隙間があった。

「板切るとき、大きさまちがえちゃったの」
 ソファに座ったまま顔だけをこちらに向けて、いずみが俺にそう言った。

 俺はちょっと思いついて、言った。
「わりばし、無いか?」
 
          * * * * *

「うまいなぁ、おにいちゃん。さすがあ」

 わりばしを切って巣箱の隙間をぴったりと埋めたのを見て、いずみが声をあげた。
 元々、手先が割と器用なのでこういうことは得意だ。

 アニメが終わってヒマになったいずみは、巣箱の説明をしてくれた。

 国語の教科書に、いろいろな鳥が出て来る話があって、それになぞって、それぞれが自分の好きな鳥(つまり架空の鳥)が住むための巣箱を作る、というのが工作のテーマだったらしい。

「夢鳥のためのおうちなの」

 夕食のハンバーグを食べながら、いずみが言った。

「ゆめどりって?」

 俺は隣に座っているいずみに聞き返した。

「夢の中に住んでるの。でね、時々現実の世界に出てきて、あの巣箱で休んでるの。夢鳥にお願いすると、みたい夢をみせてくれるの。いいでしょう?」
「へえ、そりゃいいなあ」

 俺はいずみのかわいい空想に、同意した。
 
          * * * * *

 そのまま、俺と両親は姉貴の家に泊まった。

 翌朝、目が覚めるとまだ誰も起きていないらしく、家の中はしんとしていた。
 二度寝するか、起きるか。
 悩んでるうちに、目が覚めて来たので俺は起き上がって、庭先に出た。

 いずみが作った「夢鳥が住む巣箱」の前に立つと、ちょっとした遊びのつもりで願いごとをしてみた。

 気になるあのコとデートできる夢がみれますように。

 
          * * * * *

 彼が願いごとをした巣箱には、その時たまたま、本物の「夢鳥」がいた。
 それは、たまたま巣箱に夢鳥を呼び寄せる木が使われていたせいで、それは隙間にあてがったわりばしに、たまたま紛れていたのだ。

 そんな偶然と偶然の重なりのせいで、彼は願い通りの夢をみた。

 彼、タカハシヨシユキと、彼の思い人・リサは、夢の中では恋人だった。
 二人は待ち合わせて映画に行ったり、ドライブに行ったりした。

 それだけでは無かった。
 現実の世界に変化が起こった。リサはつき合っていたコウイチに別れを告げた。
 そして、コウイチは海外に渡り、リサの前から姿を消した。

 自分が悪かったのではないかと落ち込むリサを、励ますつもりでヨシユキは彼女と時々会うようになった。
 そして、最近のヨシユキを見るリサの表情が、夢で見た幸せそうな笑顔に段々近くなっていると、彼は感じている。

 いずみが作った巣箱には、メジロに似た小さな鳥が、住んでいるという。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

前作「別れの理由」の裏エピソード。
現実世界にはみ出してきた夢鳥が叶える夢は、夢の世界からはみ出してきてしまうのです。笑
そして、その偶然の機会を、たまたま手に入れたのがヨシユキ。
むろん、そんなことには、誰も気がつかないのですが。

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

no.28「別れの理由」
別れの理由_鳴門
(写真:四国と淡路島を結ぶ大鳴門橋のふもとの展望台)


 『故障中』と書いてある張り紙が、風に吹かれてはがれそうになっていた。海沿いの丘の中腹にあるせいか、風は微かに潮の香りがした。
 たしかに、その望遠鏡はペンキもはげていて、並んだ他のものとは明らかに違った雰囲気を醸し出していた。

「これ、金入れたら見れたりして」
 俺は望遠鏡の横に設置された小さな料金箱を指差すと、冗談めかして言ってみた。

「やめといたら? 100円無駄になるだけだと思うよ。あたし、こっちで見ようっと」
 リサはいつでも現実的な答えを返す。そういうところは俺とはまったく正反対で、でもだから俺たちはうまくいっているのかもしれない。

 でもそんなリサに密かに抵抗するつもりで、俺はその壊れている望遠鏡に100円玉を入れた。

 ちゃりん。かしゃん。

 レンズが開く音がした。慌てて覗くと、丸い視界の中にはちゃんと風景が見えていた。
「ほら! リサ、見れたぞ、これ」
「そうなの? あ、船があんなに大きく見えるね。すごーい」
 自分の望遠鏡を覗いたままの姿勢で、リサが言った。
 俺も同じものを見ようとして望遠鏡の角度をリサと同じように動かしてみた。
 しかし、その先に海は見えてこない。見えるのはどこかの街だ。ふもとの街だろうか。しかしこの辺の街にしては、ずいぶん店や車が多いように思える。

 しばらく覗いていると、視界の中に見覚えのある人物が現れた。
(ヨシユキ?)
 どうして、親友であるヨシユキが俺たちのドライブデートの行き先にいるんだ?

 しかしそれをじっくり考える前に、俺の目はまた望遠鏡の先に釘付けになった。
 駅前広場のような場所に立つヨシユキのもとに駆け寄ってきたのは、何と、リサだったのだ。
(まさか、そんなはずは)
 俺は慌てて、望遠鏡から顔を離して、隣を見た。
 リサはそこにちゃんといた。まだ海や、さっき渡って来た橋を見るのに夢中らしい。

(じゃあ、いったい俺が見ているものは)
 もう一度、望遠鏡を覗く。やはりそこにリサとヨシユキがいた。
 二人はすごく楽しそうに話して、腕を組んで、そこから歩きはじめた。俺は望遠鏡を動かしながら、彼らを追っていったが、ビルの角を曲がったところで見失ってしまった。

 最初は驚いてよく見ていなかったが、あの街の景色は明らかに俺たちがよく遊びにいく場所だった。
 リサだって、今、向うにいるはずはないのだ。
 つまり、見えるはずのないものを、見ていたのだ。
 これは一体、何なんだろう。

 この望遠鏡の中で、時間と空間がずれたとしか言いようが無かった。
 しかし問題はそこじゃない。

 どうしてリサとヨシユキが二人で会っているのか、ということだ。
 俺たちが付き合い出してから、ヨシユキも交えて一緒に飲みに行ったことは何度かある。しかし二人で、腕を組んで歩くほどに、親しいわけがなかった。

 俺が見たものは何だ?
 リサが浮気をしていたという過去の出来事か?
 それともこれからヨシユキとリサが俺を裏切るのか?
 あるいは、俺と別れて、いずれヨシユキとつき合うのか?

 分からなかった。
 けれど、この目で見たものはあまりにリアルで、現実に起こりえないことだとは思えなかった。

 展望広場をおりて、リサとまた橋を渡って家路に着く途中も、俺はリサの話なんかさっぱり耳に入らず、終始生返事をしていた。

 そうして、一ヶ月もたたないうちに、リサは俺の元から離れていった。

 やっぱり、あの日に見たものは、現実の未来だったのか。
 俺は最愛の彼女を失ったことと、これから親友が彼女とつき合うであろう現実から逃避するために、休暇をとって海外旅行に出かけた。

          * * * * *

 コウイチは、ちょっと思い込みが激しい時もあるけど、いつもあたしを楽しませてくれる人で、だからいつかこの人と結婚したら毎日面白そう、と思っていたりもした。

 あの日のドライブだって、展望台に行くまではすごく盛り上がってたのに。

 故障中の望遠鏡なんて覗くから、コウイチはおかしくなったのかもしれない。
帰り道も全然話を聞いてないし、何だか怖い顔してるし、家の前まで送ってくれた時にいつもみたいにキスしてくれなかった。
 メールだって電話だって何だかそっけなくなったし、「何か怒らせることした?」って聞いても「そういう問題じゃないから」の一点張り。

 もうコウイチは、あたしの知ってるコウイチじゃなくなっていた。

 コウイチが笑ってくれるように、いろいろ努力はしたけど、いつの間にかコウイチとの間には見えない壁ができていた。

 だから、あたしはコウイチに別れを告げた。
 はっきり言葉にしなくても、彼はあたしを拒絶していたから。

 連絡先も分からなくなって、風の便りに聞いたのは、コウイチが海外に旅立ったということだけ。

 結局、何が原因なのかさっぱり分からなくて、あたしは落ち込んだ。
 ただ、そんなあたしに優しい言葉をかけてくれる人がいたのは救いだった。

「リサちゃんが悪かったわけじゃない。ほら、元気出して」

 ヨシユキくんの笑顔が、あたしをホントに元気にしてくれそうだった。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

どちらが別れた原因なのか?
コウイチが望遠鏡を覗かなくてもリサは去ったのか?
望遠鏡を覗いたせいで、リサに去られたのか?

ニワトリが先かタマゴが先か?
みたいな感じですが、しなくてもいい思い込みで何かを失うことは、人生に多々ある気がします。

あ、ホワイトデーに別れの話を書いてしまいました。笑

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no.27「三人の娘」
三人の娘_住吉川


 左から順に、アサミとアユミとアケミ。
 川縁に座った10歳くらいの女の子三人の名前を、私は心の中で唱えた。

 土手に座って眺めていると、犬を連れたおばさんや、ジョギング中のおじいさんや、トランペットの練習をしている若い男の子や、子どもと散歩をしているお母さんたちが見える。
 日曜の昼間って感じがする。

 会社で仕事をしている時は、ビルを出入りする人を眺めているわけだけど(私の仕事は受付嬢である)、休みの日でもこうして人の流れを追ってしまうなんて、職業病みたいで少し笑ってしまう。

          * * * * *

 三人娘は話に夢中だ。
 私は彼女たちの会話を頭の中で作っていく。

 最初に口火を切るのはアケミ。
「どうおもう? アサミちゃん、アユミちゃん」
 すぐに反応して答えるのは勝ち気なアユミ。
「それはやめたほうがいいとおもうなあ」
「どうして?」
「だって、アケミちゃんだってほんとうはしない方がいいとおもってるんでしょ」
「それは、まあそうなんだけどぉ」
「でもそれをはっきり言えないからこまってるんだよ、アケミちゃんは」
 アサミが口をはさんだ。
「そうだよ、アサミちゃん。だから二人にきいてるのに」
「でもさあ、とおまわしに言っても、わからないとおもうよ」
「じゃあどう言ったらいいの、アユミちゃん」

 会話は延々と続く。
 答えはすぐには出ないのだ。

 そして少し日が傾いた頃、アケミが言った。

「まずはちゃんと会って言うことだよね。その勇気をアユミちゃんからもらう」
 そして隣に座っているアユミの手を握った。
 「しっかりね」と言ったアユミの体は透けるように消えた。

 近くを通りかかった犬が思わず一吠えしたけれど、飼い主のおじさんにはその意味が分からなかったみたいだ。

「アサミちゃんもついてきてね」
「もちろん」
 そう言ったアサミも消えていった。
 川縁を歩く人は、誰もそのことには気がつかないけれど。

          * * * * *

「あけみ」
「こんなとこにいたの」
 背後から、よく知った声が聞こえた。振り返ると亜佐美と亜由美だった。

「あんた、また悩み事を解決するのに、子どもの頃のアタシたちを登場させてたわね」
 亜由美が言った。
「それで、どうするのか決められた?」
 亜佐美が聞いた。

「うん」
 そう言って私は、最後に残ったアケミを川縁から消した。

「ひとつ持つ」
 私は亜由美の手からスーパーの袋を受け取る。そうして、三人並んで私の家に向かう。今日は私の家でパーティーをするのだ。
 すれ違う人が、時々私たちを振り返る。
 体格も顔もそっくりな私たち三つ子姉妹のことを。

 亜佐美の前に美味しそうなパエリアが現れた。
「やった、今日は亜佐美のパエリア食べれるんだ」
 私と亜由美は口を揃えて言った。

 亜由美の手に小さなチワワが現れた。
「あ、最近飼いはじめた犬ってこのコ?」
「そう。今日は彼の家に預けてきたけどね」

 亜佐美と亜由美と私。
 私たちの特技は、お互いの空想を見ることができること。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

ちなみに「私」の名前は亜花美(あけみ)でした。

間に合いました、更新。
最初に書いてたネタにのらずに、別のネタで再度書き直していたら、その筋も変えてしまって、ようやく落ち着いた、という感じです。笑

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no.26「パセリのサラダ」
パセリのサラダ_iBook
(写真:自宅のiBookとパセリ)


 「パセリのサラダ」と確かに聞こえた。

 コーヒーカップを持つ手が、一瞬止まった。
 ゆっくりと、ブラックコーヒーを口に近づけながら、何気なく聞き耳を立てた。

 低い仕切りの向こう側には、親子が座っていた。買い物帰りにファミレスで休憩中といったところだろうか。
 私よりも少し年下くらいの母親と、小さな男の子。五歳か六歳くらいに見える。少し前に、「ハンバーグ・プレートと、キッズプレートのミニカレーです」と店員が料理を運んで来ていたので、遅めのお昼をとっているのだろう。
 そしてもう一人、母親と同い年くらいの女性が座っていた。話ぶりからすると、親しい女友達らしく、ずいぶんと盛り上がっている。
 その途中に聞こえたのだ。

「パセリのサラダっていうのがあるの?」
「パセリと、いろいろ他にも混ぜるんだけど。かなり使うのよ、パセリも。それを食べて、この子パセリ好きになっちゃって」
「大人でも珍しいのにね、付け合わせのパセリ食べるのなんて」
「でしょう? え? あ、ママのもね。はいあげる。ほんとにパセリ好きなんだから」

 珍しいな。と私も思った。
 パセリがそんなに好きだなんて。

 でも私はパセリがすごく好きな人を二人知っている。
 一人は私。そしてもう一人は、大学時代につき合っていた彼だ。

           * * * * *

 私と正樹は同じ学部で、つきあい始めたのは三年で同じゼミを選んでからだった。

 つきあったきっかけも、パセリだった。
 ある日、研究室で居合わせて、たまたま一緒にランチを食べに行った時だ。ランチプレートを頼んだ私が残した、お皿の上のパセリを、彼はひょいとつまみ上げると美味しそうに食べてしまった。

「それって、美味しい?」

 怪訝そうな顔をして聞く私に、彼はパセリには栄養があって云々と語りはじめ、それでも私が興味を示さないと分かると、次の日、彼はタッパーに入ったものを私に差し出した。

「パセリ使ったサラダ」
「何?」
「だから、パセリ。これすっげーうまいから、だまされたと思って食べてみな」

 たっぷりパセリとたまねぎとトマトのみじん切りがおからのようなものと和えてあった。訊ねると「それはアフリカで料理に使うクスクスっていうやつ。早い話、小麦粉」とおしえてくれた。

 そしてこのサラダが、あまりに私の口に合ったことと、彼がこんなものを作れる人だということに驚いて、決して小さいとは言えないタッパーのパセリ・サラダを、私は完食してしまったのだった。

 あとで聞くところでは、このサラダ、「タブレ」と呼ばれる中東のレバノンやアフリカなどの料理だそうだ。
 卒業旅行の計画に使えるかもと買った旅行雑誌がアフリカ特集で、そこに紹介されてたレシピだという。元々パセリが割と好きだった彼は、パセリをメインにしたサラダというのに興味を惹かれたらしい。

 その出来事がきっかけになって、私は彼に興味を持ち、いつの間にかつきあうことになった。世の中、何がきっかけになるか分からない。
 私と彼を、パセリが結んだのだ。

           * * * * *

 隣の席ではまだ会話が続いている。

「そもそも、サラダ作ったのってダンナなの」
私はなぜか少しどきっとする。
「えー、アサコのダンナさんって料理とかする人だっけ?」
「普段はそんなにね。これは海外赴任してた時にたまたまおぼえたらしくて。まあ、食べてみたらこれが結構美味しいのよ」
「へえ。ね、私にもこんど作り方おしえてよ」
「レシピ、ちゃんと聞いておくわ。正式な名前はね、えーっと何だったかな…」

 タブレ、と私は心の中で唱える。

 しかし。パセリ・サラダが得意なダンナなんて、そうそういるんだろうか。そういえば、この男の子、ちょっと正樹に似てるかもしれない。
 まさか。そんな偶然あり得ない。あり得ないと思いながら、何かを密かに期待している私がいる。今さらこんな場面で再会しても仕方ないと思うのに。

その時、子どもが声をあげた。
「あ、パパだ」

 ここで待ち合せをしていたらしい。
 今、その人物を確認すれば、この変な緊張なんてすぐに解ける。そう思うけれど、私は顔をあげることが出来なかった。

「つばさ、いい子にしてたかー」

 その声を聞いて、肩の力が、すっと抜けた。
 私は伝票を持って、席を立った。横を通りながら、そっと横目で確認すると、その人は正樹とは似ても似つかぬ人で、私は安堵しながらも、少しがっかりして、レジに向かった。

 コーヒー代のおつりをもらいながら、
「今晩は、久しぶりにパセリのサラダを作ろう」
そう思った。
 
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所は実在しますが、
人物・団体名はすべて架空のものです。
写真はストーリーのイメージ源になったもので、内容とは一切関係ありません。

このストーリーは、「キリ番踏んでお題を出そう」キャンペーン(笑)で、3579番目のカウンターを踏んでいただいた、りなっこさんから出されたお題「パセリのサラダ」から作ったオハナシです。

お題出題の時のコメントはこちら。

公開日がバレンタインデーになったので、一応、恋愛絡みで書いてみました。笑
このタブレというサラダ、自分で作ったことは無いのですが、アフリカ料理を食べる会に参加して食べたことがあります。クスクスが洋風おからのようで各種スパイスも効いててすごく美味しかったです。
調べたところ、レバノンではクスクスでなく押し小麦を使うのが定番。
中東からアフリカやフランスまで、結構広い地域で食べられている料理みたいです。

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

no.25「スイッチ」
 九州のある小さな田舎まちを、一人の老紳士が歩いていた。三月下旬のことだった。
 もうかなり年配のようだが、まだ背筋はぴんとしていて、明るいベージュのコートを羽織り、帽子を被っているその後ろ姿は、50代でも十分通用しそうだった。
何かを探しているらしく、時折立ち止まってまわりを見ている。
 といっても、迷っている風でもないので、近所のものは誰も声をかけるわけでも無かった。

 老紳士は立ち止まった。彼の前には、古い大きな門がある。大きなお屋敷の土地らしかった。
 庭も広い。立派なヒマラヤスギ、ツルバラのアーチ、サクラ、様々な木や花が植わっている。
 石造りの立派な門柱に付いたインターホンをしわが刻まれた指でしっかりと押した。

 屋敷にはその音が響いたのかは、あまりに敷地が大きくてよくは分からなかった。
 しかし紳士は、そんなことはどうでもいいといった感じで、さっと踵を返して、また道の向うへと去っていった。

 しばらくしても館から人が出て来ることは無かった。
 庭だけは手入れされていたが、その屋敷は長い間空き家だったからである。

           * * * * *

 伊豆諸島の小さな島で、晴れた空の下を、釣り道具を抱えた中年の男がのんびりと散歩をしていた。今は春休みで、子どもたちが遊んでいる姿があちこちで見られる。
 川沿いの並木道を歩きながら、今晩のオカズのことなどを考えている。
 しかしその足取りがぴたりと止まった。
 道の途中の少し広くなった場所に、荒ゴミ置き場があり、そこに捨てられたテレビをじっと見ているのだ。
 といっても男の家には、先月社会人の娘がプレゼントしてくれた液晶テレビが届いたばかり。不自由をしているはずは無かった。

 チャンネルがつまみ式になった、かなり古い型のブラウン管テレビは、すでに画面に大きなヒビが入っていてとても使い物になるようには見えなかった。
 男はそっと手を伸ばすと、そのつまみを3チャンネルから4チャンネルに切り替えた。

 それだけのことをすると、満足したかのように、立ち去った。
 夕食に飲むビールを買いに行くのだ。

           * * * * *

 五月になり、ようやくコートを薄手にしてもいいくらいの気温になった。
 暖かい日差しを浴びながら、馬をじっと見ている40代くらいの女性がいる。賭け事には興味は無いけれど、帯広のばんえい競馬場に時々通っているのだ。

 ばんえい競馬の存在を、その女性は北海道に住みはじめて初めて知った。普通の競馬とは違って、重いそりを引く競技で、馬自体もサラブレットの倍はあろうかという大きな種類のものが使われている。
 元来の動物好きも手伝って、力強い馬の姿にすぐに魅せられた。月に一、二度、帯広に来るのが楽しみだった。

 お金を賭けるわけでは無いので、夫も別に止めはしない。時々一緒に来ることもあった。

 いつものように、いくつかのレースを見物して、彼女は帯広駅に向かった。
 そして、何かを思いついたように、お金を入れる前に券売機のボタンをランダムに押した。
 そのあとは普通に硬貨を入れて、自宅最寄駅までの切符を買うと、改札を抜けてホームに向かった。

           * * * * *

 九州の小さなまちでは、空き家のインターホンを押した紳士が立ち去った翌日、屋敷の中の桜がつぼみを開いた。

 伊豆諸島の島では、男が壊れたテレビのチャンネルを変えた翌日、並木道の桜が花をつけた。

 帯広駅で女性が無意味なボタンを押した翌日、近くの緑が丘公園の桜が咲いた。

 そうやって、全国のあちこちに、桜前線のスイッチがあることと、それを押す役割の人がいることを、知る人はほとんどいない。

スイッチ_沖縄桜
(写真:沖縄・本部の八重岳の寒緋桜)

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所は実在しますが、
人物・団体名はすべて架空のものです。
写真はストーリーのイメージ源になったもので、内容とは一切関係ありません。

沖縄旅の桜から、一話。
神戸の桜前線、今年は暖冬だから早いでしょうか。
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