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書く人・紺の短編作品と書き物雑談。猫好き、本好き、空想好き。写真と言葉と夢から紡ぎ出す、ささやかな物語。
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短篇のテーマ
写真をテーマに短篇を紡ぐ「一画一話」が今現在33話まで続きました。

私は超短篇向きだから、と、本当に短い短い、ショート・ショートを書いてきたわけですが、不思議なもので、これだけ短いものばかりを書いていると、ちょっとまとまったストーリーを書きたいと思うようになってくるのです。
といっても、長編というほど長いものではなく、原稿用紙で換算すれば50枚以上100枚以下くらいのものでしょうか。

以前にもそんなことをここに書き、
3月末までにまとまったものを書くぞ!
豪語したのですが、予想外の風邪の襲来や仕事のやりくりで、ペースが一気に崩れてしまったのでした。(苦笑)
ダメですねえ、私。

しかしここでまたチャンス?到来です。
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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

電車の中吊り小説
物語、小説、というものは、本で読んだり、ネットで読んだりする人が大半だと思うのですが、もっと身近なそこかしこに物語があったら面白いのに、とよく考えます。

『中吊り小説』
という本があります。

吉本ばなな氏、阿刀田高氏などの短篇集ですが、これ実は、JR東日本の電車の中吊り広告に連載していたものです。

通勤中や移動中や帰宅中に、電車の中ですることといえば、携帯メールを打つか、新聞を読むか、本を読むか、ぼーっとするか。

私は本を読むことが多いのですが、ぼーっとする時に、中吊り広告を眺めているのも好きです。
それが小説だったら、また別の楽しみがあるわけです。

そういう風に、日常の何気ない場所で読める短い物語。
場所は電車に限らず、塀かもしれないし、お店のメニューの裏かもしれません。

私の書く物語は、そういう場所で何気なく読むのに向いてるんじゃないかな?

などと、考えたりしたのでした。

中吊り小説。自分の作品でも一度やってみたいものです。
とても費用面がついていきませんが(苦笑)

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物語が見える瞬間
先日、とあるお食事会(二宮にある中国風料理「栄光」にて。そのあとカッコイイbarに行きました~)に参加したときのこと。
私の小説づくりのことが話題になりました。

どうやって思いつくの?
どうやって書いてるの?


などなど、聞かれるままに話してました。

私には物語がおりてくる瞬間、というのがあります。

それは電車で前の席に座った人を見たときでもあるし、道ばたのゴミを見たときでもあるし、小学生の面白い会話を聞いたときでもあるし、お風呂で無心になったときでもあります。
家でパソコンのキーボードに向かいあっているときは、たいていダメです。笑

ストーリーを思いつくことは稀で、最初はだいたい、映画のワンシーンのようなものが浮かびます。そこでの会話が聞こえてきたりします。
あるいは書き出しのナレーションか結末のナレーションが聞こえてきます。

そういう、物語の破片みたいなものを手に入れて、それがどんどんつながったり広がったりしてストーリーになっていきます。

結末の一文を思いついたから、それに合わせて物語をつくったりもしてるわけです。

物語の作り方は人それぞれだと思います。
今、読んでいる作家の小川洋子さんの「物語の役割」というエッセイ集の中には、『博士の愛した数式』は最初にストーリーが見えていたわけでなく、ある一場面がまず浮かび上がって来た、ということが書かれています。

私の場合は、だいたいの物語づくりをその手法でやっている感じです。

ある一場面、ある一台詞。

それを得るために、日々いろいろなものを見たり、たくさんの人と話したり、まちを歩いたりしています。
身の回りにあるものや、現実の様々な情報を知ることで、脳が物語を生み出してくれるから。
足下にネタあり?
まとまった作品を、とか思いながら、仕事とそして風邪と急性副鼻腔炎の攻撃にすっかりやられて、予定がどんどん後ろ倒しになってきているこのごろ(笑)

でもまあ、あせっても仕方ないので、気楽に書くことにしようかと。

そんなことを思っていると、自宅マンションの屋上で、こんなものを見つけたりします。

屋上のたわし

たわしです。

亀の子たわしです。笑


なぜ屋上にたわしが?
その理由はまったく分かりません。
でもこのシーンから、また新しい話が生まれそうな気がします。

ネタは足下に転がっているんだなーと実感(笑)しているわけでもないのですが、私は路上のものをキョロキョロと観察しながら歩くクセがあります。

むろん、頭を振ってキョロキョロしていると、ちょっと挙動不審なので、目線だけで四方八方をチェックしているワケです。笑

路上に落ちているハブラシ。
壁の隙間から生える得体の知れないキノコ。
ひっそり書かれた落書き。
死んだかたつむりの殻。


ハウツー本を読んだりしなくても、リラックス音楽を聞いたりしなくても、道ばたのちょっとだけヘンなものは、すぐにインスピレーションの素になってくれます。しかもタダ。ですから。笑

そうやって拾って、使っていない素材は山のようにあります。
調理するのは、なかなかエネルギーがいるもので…。

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まずは題材を決めよう
2月4日に書いたことを、そろそろ始めようかと思う。

少しまとまった作品を書くこと。

思っていたほどに仕事が落ち着いたわけではなかったけれど、それを理由に手をつけなければ、いつまでも書けない。
まずは今日・日曜日からその一歩を。

この作品用に、ノートを一冊作ることにした。
設定や、素材や、登場人物や、エピソードなどを、思いつくままメモしていって、整理して、ストーリーにしていくための、ノート。

まずは題材を決めないと。
ネタ帳に書き留めてあって、使ってみたいアイデアプロットは3つ。
どれか1つからふくらませるか、あるいは3つを絡ませてみるか。

それはこれから。
あとがき風~no.19「マナの卵」
写真のインパクトが意外と強かったらしい(笑)、短編no.19「マナの卵」。


これは2002年12月に宝塚ファミリーランドに行ったときのもの。
2003年4月7日に閉園することが決まったので、最後に行っておかねば、と友達4人でいそいそと出かけたのだ。

宝塚ファミリーランド動物園と遊園地の融合施設だった。(併設ではなくまさに融合・混在していた)
そして鳥類館の中にはヒヨコが……。
ヒヨコが卵から孵るしくみ(?)を解説するための「実演(?)コーナー」!!!
孵卵器があり、卵・ヒビの入った卵・生まれかけのヒナ・生まれたばかりのヒナなどをすべて「生」で見れるようになっていた。

そして生まれたヒヨコたちは保育箱に移されて、

客は触り放題(!)という

ヒナ迷惑なオープンシステムになっていた。
あんな遊園地もそうそうあるまい、と思われる。

写真は保育箱の中だったはずだ。
照明の加減で、ずいぶんとホラーな雰囲気を醸し出してはいるけれど(笑)

画像を整理していて、ふとこの写真を見つけ、あの時の生まれたばかりの濡れたヒナや群れるヒヨコたちを思い出した。
ニワトリが生んだ卵が、ヒヨコの道を辿るか、目玉焼き(出し巻きでもよいが)の道を辿るか、

それは運命の分かれ道。

と、考えながらさくさくっと書いてみたのが短篇「マナの卵」。

唯一失敗したのが、マナという名前。セリフの中の「ママ」と、「マナ」の名前が見た目判別しにくい。似たような(紛らわしい)名前を使わないのは鉄則なのに、ぱっと思いついた名をそのまま起用してしまった。
こういう場合はせめて「真菜」とか「まな」と表記すべきだったかな。

それにしても「ひよこのピヨちゃん」も安直(笑)
ま、これは絵本のキャラなので素直なネーミングがよかろうと思ってしたことだけれど。

名前付け、意外と難しい。

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あとがき風~no.9「きんちゃん」
コーヒーの染みから黒い出目金を連想したことが、短篇no9.「きんちゃん」の発端。

今はさほどではないけれど、昔はよく染みや傷がいろいろなものに見えた。
点がふたつあれば顔に見立てるのは、人間の潜在的感覚らしいけれど、私もとにかく点や線があればそこに何か意味をつけたくてしょうがなくなってしまう。

別に顔にならなくてもいい。

体の染みは、実は何かが体に埋め込まれている跡だとか、そこからある日何か突然芽吹くかもしれないとか。
とにかく、非日常になること。

そこからまたウソ話がむくむくと動きはじめる。

自分の体に見知らぬ傷を見つけたときも、

「これが何かの印だったら面白いのに」などと

空想をめぐらせてみる。

まあ、結局、それは本当に単なる傷でしか無いわけで(笑)
仕方ないので、私は物語の中で特別な意味をつけてみたりするのだ。

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あとがき風~no.18「木の守り」
夢ネタは基本、ゆめうつつシリーズでカテゴライズして書いているわけだけれど、例外もある。

何が例外かというと、実は、短編no.18「木の守り」は夢なのだ。


公園の木、3人の妖精のような影の生き物、近い将来事故に巻き込まれる巨木を小学校へ移動させる、というストーリーのほとんどのプロットが、夢の中で展開されたのだ(!!!!!)

はっきりいって、ここまでちゃんと(物語として書けるくらいの)ストーリーになっていることは、

普通はありえない! と思っている。

夢の中では、「あ、面白い。作品になる」と思っていても、目覚めてストーリーを追ってみると、全然面白くなかったり、どう考えてもおかしい展開や、無理な設定が多すぎるからだ。

ところが、この夢だけはなぜか違って、ほぼそのまま物語化できるくらいにまともなものだった(笑)
一体、どうしたのやらよく分からないけれど、時にはこんなことも起こるらしい。

ちなみにこの夢は、自分は登場人物ではなく、観客として見ていたようなパターンだった。

こういう夢なら大歓迎。

いくらでも見る。いくらでも寝る。

と思っているのだが、残念なことにそれ以降は、これだけ完成した夢をみることはなかなか無い。

やっぱり起きた頭で、しっかり書かないといけないワケである(笑)。

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京都の紅葉とメリハリ
京都に紅葉を見に出かけていました。
少し散りかけのところから見頃のところまで。

京都・鞍馬寺 模様のような落ち葉




鞍馬寺、蓮華寺、南禅寺あたりをぶらぶらとまわってきました。
行くとこ行くとこ紅葉・紅葉・紅葉……という状況です(笑)

目が覚めるような赤色や黄色に囲まれながら、あらゆる紅葉を見ていたら、自分好みの色具合、というのが分かるようになってきました。
鮮やかな赤もたしかにすごい。
でも好みとしては、1本で緑・黄緑・黄・橙・赤のグラデーションがある枝。
もしくは、苔の上に散る紅葉。

京都・鞍馬寺 苔と紅葉、緑と赤のコントラスト




自然の赤と自然の緑という組合せは、本当に映えるコンビでした。

それから、光のあたり方。
雲が流れて、光線の加減が変化する瞬間、見えなかった風景や紅葉の色が見えて来ると、思わす声が出そうになったり(笑)

と、書いてると、今回創作ネタでなく旅日記か? と思われるかもしれませんが(笑)、実はこの紅葉の映え方を見ながら思ったことが、物語づくりにもつながるなあと考えたのでした。

つまり。

なにごともメリハリは大事。

物語の展開も、登場人物の設定も、オンとオフをうまく切り替えて描かないと生きてこない。

そんなことを思ったりした京都旅。


京都・蓮華寺 夕映えの紅葉



京都・蓮華寺 大スクリーンの映画みたい

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台詞と説明
先日、一般の人たち(映画づくりは本当に初めてという素人のヒトビト)が作ったショートフィルムというのを観る機会があった。

脚本や撮影や監督や照明など、専門家の指導を受けながらも、すべて自分たちでつくったという5つの作品。

10分程度の作品であるがゆえ、どうしても台詞に説明的機能を課してしまっている部分があった。

これは私もよく分かる。

1200字のショートショートを書いていると、その長さでは書ききれないエピソードや背景まで盛り込もうとして、思わず(台詞を含めた)文章が「説明調」になってしまうことがある。
読み返すと「あらら」と思って(笑)、結局、必要のない設定をもう一度見極めて削る作業をすることになってしまう。

映像の中の台詞として聞いても、「説明調」の台詞はやはり浮いていた。

今回、朗読イベントで自作が読まれる、という状況になったこともあり、自然に聞こえる台詞……というか会話を書くポイントは何だろう、と改めて考えた。


 例えば、間。
 例えば、テンポ。
 例えば、受け答えの返事。
 例えば、特に意味のない会話。



言いたいことを書こう、書こうとして、ついつい必要のある情報を含んだ台詞を羅列してしまいそうになる時に、そういった要素(間や意味のない会話)をちゃんとバランスよく配合できることで、より一層、必要な情報が生きてくるんだろうな、などと思った。

そして小説の場合は、情景描写とのバランスも重要である。

情景がありありと浮かんでくるような自然な会話。
普段自分がしゃべっていることを考えれば簡単なようで、
実はなかなか難しい。

   * * * * *

いよいよ明日(というか今日)です。楽しみ。
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