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書く人・紺の短編作品と書き物雑談。猫好き、本好き、空想好き。写真と言葉と夢から紡ぎ出す、ささやかな物語。
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no4.「彼の苗木」
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 昔からまっすぐ前を見ることしかできなかった彼はガーデニングにのめりこみ、とうとう本場イギリスに勉強しに行くと旅立ってしまった。

 そんな予感はあった。あったけれど、こんな急だとは思わなかった。しばらく忙しくなって会っていないなと思っていたら、突然連絡が来たのだ。

 彼からは、ある日一通の手紙が届いただけだった。しかもイギリスから。彼はメールというものをしない人だった。携帯電話も日本でしか使えないものだったらしく、電話しても不通となっていた。
 やれやれ、と声に出して私は言い、それでもまあ待つ事にしようか、とこれもまた声に出して言ってみた。音にしてみると、何だかそれが出来るような気がした。

     * * * * *

 子どもの頃から、草木を育てるのが好きだったというのを聞いていた。母親の花好きの影響もあってか、種を分けてもらっては自分の鉢植えに植えたり、花の咲く雑草を集めたり、していたらしい。
 私はといえば、正反対の性格で、植物は元より、魚も小動物も、とにかく生き物を育てることが全くの不得手。
 それなのに、彼は、旅立つ時に小さな鉢植えを置いていったのだ。緑の双葉がのぞいた土。何の花なのかはもちろん分からなかった。

 この私に世話をしろと言うの。一番私の性格をしっているはずの、彼のした事に思わず苦笑してしまった。でもきっと、私でもなんとかなるような種類のものなのだろうと、勝手な納得をすることをした。

     * * * * *

 音信不通のままの1年間、私は彼の残した小さな苗木と毎日を過ごしていた。枯らすことだけはしなかったけれど、結局、つぼみがつかないままだった。

 さすがにもう待てないかもしれないと思った2年目、その苗木が初めて小さなつぼみをつけ、彼からのエアメールが届いた。向こうで尊敬する庭師に出会い、そこで働くことができるようになったこと、少しずつ勉強して仕事を手伝っていることなどが綴られていた。
 同封の何枚もの写真に、彼自身が写っているものが、たった一枚しか無いのが、いかにも彼らしかった。あとは、すべて、彼が関わった多くの庭。
 文面は続いていた。休暇をもらって日本へ帰ってくるという。

 今日、苗木はオレンジ色のかわいい花を咲かせた。それは明日帰国する彼の大好きな色だった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。
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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

あとがき風~no.3「冬の残影」
ちょっと間が空きましたが(そうでもない?)、短篇no.3「冬の残影」のあとがきを。



この話を書く時に、ちょっとだけ鳥の図鑑を見た。
ま、下調べ、というにはあまりに薄い見方だったけれど(笑)

最初、影の鳥は死んで消えてしまう、ということにしようかと思っていた。
でも前作の「蝶」で蝶が粉々になって死んでいるのに、また死が続くのもどうかと思って、じゃあ渡り鳥ということにしよう、と転換。

プロットをつくるのは案外単純な思考回路でしている(笑)

さて、渡り鳥といっても、いろいろいる。
ここで鳥の図鑑が登場する。

私が使っているのが、
山と渓谷社の『ヤマケイジュニア図鑑 鳥』である。
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夢004話「さがしもの」
こんな夢をみた。

友人と一緒に、男3人+女3人でどこかを旅行している。

旅行の日程はもうあまり残っていないのだが、
帰るまでにどうしても

カツオブシを削れる場所

を探さなければならない。

しかしそんな場所はなかなか見つからず、みんな少しずつ焦ってくる。

私の荷物には大きなカツオブシがまるごと入っている。
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これはいつぞや見た夢のデキゴトです。
意味は不明。
どうしてカツオブシだったのか(笑)

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空想獣づくりの原点
先日、小学校の時の卒業文集を見ていたら、自分の作文のタイトルに「疑楽巣(説明文)」とあって笑ってしまった。

どういうことかと言うと、小学校6年生の頃、私は新聞係をやっていた。

新聞係(数人のグループだった)の仕事は、週に1回のペースで学級新聞を作って発行することなのだが、その新聞のオリジナルキャラが「疑楽巣(ギラス)」という名前の空想怪獣で、そのキャラづくりを、実は私がした。(絵も描いた)
目玉が一つで足が太い翼竜みたいな怪獣である。

そして、こともあろうか卒業文集に、
その怪獣のプロフィールを紹介する「説明文」載せていたのだ(笑)
皆が、音楽会や修学旅行や運動会や冬休みの思い出なんかを書いているというのに、

私だけは「説明文」である(笑)

それだけこの空想獣とのつきあいが深く印象に残っていたということなのだろう。

小さい頃から、空想の生き物をいろいろ考えるのは好きだったが、

まさか文集にまでとは思っていなかった。(そんなことはすっかり忘れていた)

ちなみにその説明文である文集の作文には、以下のような内容のことが書かれている。
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夢003話「ワニのエサ資料館」
こんな夢をみた。

男友達と連れたって、
近所のワニのエサ資料館に行く。

入り口をくぐると、薄暗い理科室のような部屋が何部屋も続いていて、まるでお化け屋敷か学校の怪談を思わせる。
客は私たちの他にはいないらしい。

どの部屋の中にも水槽があって、魚や魚のようなものが展示してあった。

生きたまま飼育されているものもあれば、剥製もあれば、まるで魚屋のように並べてあるものもある。値札のようなものがついているが、それは名前のラベルで、どうにも聞いたことがあまり無いような名前ばかりが並んでいる気がする。

これがワニのエサになるんだ。
と二人で納得しながら、延々と続く理科室のような展示室を移動していた。
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これはいつぞや見た夢のデキゴトです。
ワニのエサ資料館って一体何!?(笑)

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no.3『冬の残影』
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 春も近づいているはずなのに、何だか不安定な天候が続いていた。季節の変わり目というのは、元々、そういうものなのかもしれない。
 夕方に曇って突然雨が降って来たりすることもあって、私は鞄の中に常に折り畳み傘を持ち歩いている状態が続いていた。

     * * * * *

 その日は、何の気無しに近所の公園に散歩に出かけたのだった。駅前にマルイがオープンしたから、一緒に行こう、と約束していたユイが、朝から体調が悪いといってキャンセルの電話をかけてきた。一人で行くのも何だかなあ、と思ったら、すぐに買い物欲が失せてしまって、代わりに水辺に行きたくなった。

 公園はかなり広くて、並木道をゆっくり歩いて抜けたところ大きな池があった。その池を見に行くことにした。
 近所、といっても電車で一駅近くの距離があり、職場と反対方向なので、こうやって決心しないとなかなか行く機会もない場所だった。

 行く途中に小さなパン屋があったので、そこで丸いくるみパンとあんぱんとオレンジジュースを買った。池のすぐそばのベンチに座って、遅めの朝食をとった。

「こういうのもいいな」

 あまりに気持ちよくて、うとうとしそうになった時に、頬に冷たいものが当たった。

 あ、と思うひまもなく、大粒の雨が次々と降り注いできて、着ていたセーターの上を流れていく。
 あわてて傘をとりだして、少しはましだろうと思って木立のそばに身を寄せた。
空だけ見れば、とても雨が降るようには思えないほどに青かった。
 案の定、単なる通り雨だったらしく、それほど時間も経たないうちにすっかりと雨はあがってしまった。

 ふう。

 と小さく息を吐くと、差していた傘をぶるんと振るってしずくを落とした。

 このまま乾かそう。

 私は傘を差したまま、公園の出口に歩きはじめた。

 並木道を通ると、低い枝葉の影がくっきりと傘に映り込んできて、その変化を楽しみながら歩いていた。

     * * * * *

 そして影はそのまま傘に焼き付いた。

 並木道を抜けたあとも、木々の模様がずっと映っているので、何だかおかしいなと思っていたら、公園を出たあとも、家についても、やはり葉の影は傘に残っていた。傘はすっかり乾いてしまっていた。

次に傘を開いたのは、数日後、朝から小雨が降った日で、相変わらず影絵は存在した。
あれ。
 傘の裏からじっと影を見つめて、葉の形とは明らかに違う模様を、私は見つけた。
 それはおそらく、小さな鳥で、枝の実をついばんでいるように見えた。
 そしてそれから、毎日のように鳥は姿を変えた。
 時には枝にとまり、時には羽ばたき、時には葉と戯れ。
 影は動かないけれど、鳥はまるで生きているように思えた。

 毎日、私は喜々として傘を開くのが日課になった。
 そうしているうちに、この鳥は本当にいるんじゃないかという気がしてきた。
 あれから公園にはずっと行ってはいなかったけれど、何となく、あの池のそばの木にこの鳥が住んでいるような気がした。

     * * * * *

 朝の空気がずいぶんと暖かくなったな、と感じたその日。
 傘に映る鳥の影のお腹の部分が、影の色ではなく、鮮やかなオレンジ色を呈していたのを見て、私は驚き、何か予感めいたものがあって、その足で公園に向かった。

 並木道をずんずんと抜けて池が見えてきたとき、木立から飛び立った鳥がいた。
 一瞬のことだったけれど、そのお腹にきれいなオレンジ色を見た。
 そのまま、鳥は北へ北へと飛んでいった。鳥が見えなくなってしまってから、持っていた傘をもう一度開いてみた。

 思った通り、もう鳥の影はどこにも見当たらなかった。

 きっと冬鳥だったんだ。
 春が来たから、北へ帰ったんだ。

 自分に言い聞かせるようにつぶやいてみた。

 傘には木の影が、まるで最初からそういう模様だったみたいに、くっきりと残っていた。

 また冬になったら帰ってくるかな。
 葉の模様の傘を、太陽にかざしてみる。

 あたりの空気はすっかり春らしくなっていた。
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この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
登場する人物・団体名はすべて架空のものです。

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夢002話「蚊ガ来ル!」
こんな夢をみた。


「大量の蚊がこの街に近づいています」

という蚊予報が街に流れた。

逃げる場所も思いつかないし、かと言って何もしないと蚊のえじきになることは必至であるので、同居人と相談の上、布団にくるまってやりすごすことにする。

梅雨の頃で、ムシムシとしているのだが、蚊に襲われるのはやはりたまらないので、我慢して布団の中で息を殺していると、間もなく羽音が近づいてきた。
そのうちに、蚊同士の撃ち合いが始まり、ばらばら、ばらばら、と死骸が落ちて来る音が、布団越しに聞こえてきた。

ドキドキしながら音が止むのを待ち、そっと布団から出ると、辺りは一面、落ち武者の蚊で真っ黒になっていた。焦げたような匂いがした。
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これはいつぞや見た夢のデキゴトです。
椎名誠の「蚊」という小説を読んだ頃の古い記憶が引っ張り出されたのかもしれません。
あれはずいぶんと痒い話でした。

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

本001話『とかげ』
どうしようもない気分になった時に読んでしまう本、というのがある。

私にとって、それはかなり長い間、吉本ばななの『とかげ』という短編集だった。

読んだら元気になる話、というものとは少し違う。
読んだら、何とかなるだろう、という気分になる。

ああ、たぶん大丈夫。と思えてくる。


私にとって、これはそういう短編集だ。

どれもこれも、日常から少しずれた物語で、そのずれ方が、たぶん自分にしっくりくるのだ。
最近は、この本を取り出して読む機会もめったに無いけれど、久々にページをめくってみると、最後の『大川端奇譚』なんかは、相変わらず好きだなあと再確認した。

吉本ばななの作品は、私の中でも好き嫌いがはっきりしている。
全部を読んだわけでは無いけれど、ちっとも面白いと思えないものと、何度も何度も読んでしまうものがある。
むろん『とかげ』は後者で、その他にも、似たような感覚を得られる作品だと思えるのが、『体は全部知っている』である。
会社の不思議な存在・田所さんの話「田所さん」と、60半ばのおじいさんにデートしようと言われ、小学生に結婚してくれと言われる話「いいかげん」、祖母からある力を譲り受ける話「みどりのゆび」なんかが気に入っている。

最初に読んだ吉本ばななの本は『キッチン』だった。
あまりにベタ(笑)

ただ、私は表題の『キッチン』よりも、一緒に収録されていた『ムーンライト・シャドウ』の方がずっと好きになった。
死んだ恋人に出会うというストーリー自体はさほど目新しいものでもないのだけれど、登場人物のつくりが好みなのか、言葉の運びに惹かれたのか、とても好きになって何度も読んで、何度でも泣いた。

今でも、この好みは変わっていないな、と思う。
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これまでに読んだ本のコトをつらつらと紹介していきます。

テーマ:本の紹介 - ジャンル:小説・文学

夢001話「バスの女」
こんな夢をみた。

私はどこかへ向かうバスに乗っている。
一番後ろの座席の右はじに座って外を見ている。
窓から外を眺めると、田畑が広がっていて、かと思うといきなりビル街になり、時々トンネルにも入り、一体ぜんたい、田舎なのか都会なのか全く分からない。

いくつ目かの停留所で、一人の女が乗ってきた。

他の座席も空いているというのに、わざわざ後ろまで歩いてきて、私の隣にぴったりとくっついて座ってくる。
それだけでなく、まだ私の方につめてこようとする。

何を考えているのやら、と思いながら、注意することもできず、
イライラしながら困った顔をしていると、
女はすっとこちらに顔を向け、無表情のまま、

「そういうことはちゃんと言ったほうがいいですよ」

と、とどめの一言を発した。

呆れて声も出せずにいると、バスは商店街の入り口にさしかかり、つい最近神戸でロケをしたという映画俳優がイベントをしているのが見えた。
思わず見入って、隣の女のことを忘れていた。
女はいつの間にか消えていた。

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これはいつぞや見た夢のデキゴトです。

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あとがき風~no.2「蝶」
灰色の壁に手形のような盛り上がり。

心霊写真(笑)ではなく、
合成写真でもなく、実在する。
灘区内のJR高架トンネルに。

こういうヘンなモノを見つけると、とりあえず「ネタになるかも」という下ゴコロが働いて、カメラを向けるというのが習慣になっている。
ハタから見ると、何を撮っているのか訝しがられるかもしれない。

…かもしれないので、時々ビビってしまい、どうしても撮影が夜(例えば飲み会の帰り道とか)になってしまうことが多い。

余計に怪しい(笑)


今回、出て来る蝶は、もちろん実在しない。
ただ、あの壁の盛り上がりを見ていたら、絶対この中から何か出てくるに違いない、という錯覚を覚えてしまった。

私の書く物語の中には、人間以外の生き物が登場することがよくある。
どちらかと言うと、人間以外のものに対しての方が愛情を注いでしまうくらいだ(笑)

子どもの頃、夜中に目覚めて、この世のものではない生き物(羽根の生えた生き物、小人のようなもの、小さな恐竜、とにかくいろいろなもの)が家中を飛び回って大サーカスをしているのを見ることがよくあった。
あれは夢を見ていたのかもしれないけれど、子ども特有の感覚が研ぎすまされていて、大人には見えないものが見えていたんじゃないかと、今でも時々思う。
(こういう経験、無いですか?)

そんなこともあって、実在しない(と一般的には言われるような)生き物をいろいろ創り出すことは、日常茶飯事である。
階段を下りている時に「今、足下のタイルを持ち上げて何かが出て来ると面白いな」と想像し、蛇口から水がぽたんと落ちていれば「何かが水を飲みにきた」と考えてみる。

今回の短篇作りでも、おそらくヘンな生き物がいろいろ出て来るだろう。

小さな青い生き物が、もうそこに座って出番を待っている。

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【おしらせ】とりあえずの短篇発行頻度
短篇の更新頻度は何かリズムを作った方が、自分でもやりやすい気がするので、とりあえずは

5の倍数の日(月6回)

というのを定めてみることにします。

以前、知り合いに手製MLでショートストーリーを送っていた時期があるのですが、それは5のつく日でした。つまり月3回。

今回はいきなり(笑)

大丈夫なのか?

分かりません(笑)
たぶん何とかなるでしょう。
ああ、書いたからにはやらねば、やらねば。。。

短篇以外は、創作と本と夢にまつわる話を入れて、更新そのものはできるだけ毎日するようにしたいと思います。


いろいろ試行錯誤です。
あたたかく見守ってください。


とりあえず第3話は9月25日(月)の予定です。
no.2 蝶
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 ほら、ここ。

 彼が指差す壁には確かに奇妙なふくらみが二つあった。
どちらも、ビー玉ほどの大きさで、よく見なければ気がつかないようなものだった。

 着実に大きくなってる。ものすごくゆっくりだけど。

 壁を見つめたまま、静かに言った。

「コンクリートにペンキ塗ってるような壁なんだし、雨のせいでこういうことになるんじゃないの?」

 私にはどうしてこんなものを見るために、わざわざこんな薄暗いトンネルに来ないといけないのかが、分からない。昼間でも人通りはほとんどなく、さっきから背後を通り過ぎたのは原付一台だけだった。
 美味しい韓国料理屋でランチをする予定は一体どこにいったのやら。
 店に行く前に、見せたい場所があると言うので、渋々ついてきただけだ。
 韓国料理、韓国料理、韓国料理。
 さっきから私はものすごく不機嫌な顔をしているはずなのに、幸弘はまったく気がついていないように話続ける。

 でも仕方ない。と言い聞かせてみる。
 幸弘の、そういう自分の世界に閉じこもってしまうところが、どうしようもなく好きなのだ、本当は。
 気がつけば、彼のペースにはまって、一緒に壁を凝視していたりする。

「ここ一ヶ月の間に、かなり大きくなってるんだ」
 そう言ってみせてくれたデジタルカメラの画像には、まだ凹凸が分からないくらいの壁が写っていた。
 エンジニアらしい、細かな観察記録。幸弘らしいな、と、思って、半歩近づいた。幸弘はまったく気がついてはくれなかった。

     * * * * *

 それからさらに一ヶ月の間、幸弘から来るメールは、ほとんどあの壁のふくらみの経過報告だけだった。何が彼をそこまで惹き付けるのかまったく分からなかったけれど、そうやって定期連絡を受ける私の方も、壁は気になる存在になっていった。

「そんな男とよくつき合ってるね」

 友達のアイコがこれまでに何度も言った言葉だ。
 今回の言い方が、もっとも「実感のこもった」言い方だった。

 その頃には私はもう、幸弘が興味を持ったことだから気になるのか、それとも壁の変化そのものが気になっているのか、自分で区別をつけられないほどに、なっていた。
 そこまでのめり込むほどに、壁は変化を続けていた。
 今や、びわの実ほどの大きさになっていた。

 そして昨日の朝、幸弘が、すぐにトンネルに来い、と連絡を入れてきた。

     * * * * *

 最も適切な言葉で表現するならば、それは羽化だった。

 手のような形にふくらんだ壁には小さな亀裂が入り、そこから、驚いたことに無彩色の大きな蝶が出てきたのだ。
 白い体、白い羽根。二つのふくらみから二匹の蝶が生まれ、なぜだか分からないが、私も幸弘も、それが雄と雌であることをはっきりと感じた。

 幸弘がリュックを開けて広口のビンを取り出した。そして蝶たちは、それを待っていたかのように、ビンの中に入っていった。

「どうするの」 私は聞いた。

「分からない」 幸弘は言った。

「会社、遅刻するね」
「そうだな」
「休んでもいいけど」
 本当にそういう気分になっていた。

 私たちは駅に向かい、通勤ラッシュに逆らうように反対方面の電車に乗った。
 そのまま、延々と終点まで乗り続けた。
 蝶たちは、幸弘のひざの上に置かれたビンの中で、何にも動じない様子で飛び続けていた。

     * * * * *

 終点の駅を下りると、ずいぶんと山が近くに感じられた。無言のまま、私たちは歩いて、すぐそばを流れていた川に向かっていた。強い風が吹く度に、田んぼの稲穂が、ざわと音を立て、その時だけはなぜか蝶たちが落ち着き無く見えた。

 川幅はかなり広く、両岸の草地には無数のトンボが飛び交っていた。傍らには山に続く小道もあり、空気の匂いが土くさかった。
 思いっきり空気を吸うと、隣で幸弘が同じように鼻の穴を広げていた。

「このへんでいいかな」
「いいんじゃないかな」
 何の確信もないけれど、私は答えた。

 ビンの口にかぶせていた網をはずした。
 一瞬、躊躇したように見えた蝶々は、恐る恐るビンから飛び立った。

 その瞬間。

「あ」
「あ」
 私たちは同時に声をあげた。
 それはあっという間だった。

 雲が切れて太陽の光があたった途端、蝶は二匹とも粉々になり、あとはわずかな灰のようなものがビンに残っただけだった。

 貸して。

 私はビンを手に取り、ふんふんと匂いをかいだ。

 シンナー臭いよ。
 ほんとに?

 幸弘も、ふんふんと鼻を近づけた。

 ほんとだ。何だったんだろうね、あれは。
 分かんない。でも少なくとも自然に返すようなものでは無かったことは確かだよね。

 ペンキのような匂いのする灰を、紙の上に広げて見ると、濁った灰色の丸い粒が二つ現れた。

「たまご!」

 幸弘が慎重に手に取った。やはりほのかにシンナーの香りがした。

 これは、あれだね。ここに置いていくもんじゃないよね。
 幸弘は確認するように私を見つめている。
 私はゆっくりと頷いた。

 あの壁の亀裂に戻しに行こう。

 幸弘も私も同じことを考えているのが分かった。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -(完)

この物語はフィクションです。
登場する場所のモデルはありますが、
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あとがき風~no.1「ある夜の出会い」
あとがき、と題して、書いた物語が生まれたときのことなどを書くことにする。


書く時に抽象的テーマよりもモノから入ることが多い。

何と言うか、「家族」とか「友情」とか「社会への警鐘」とかでなく、
例えば、ボタン、おもちゃ、布、消しゴム、etc。
そういう風に、ブツを示された方が、書きやすいのだ。


表題の「ある夜の出会い」で使ったのは コーヒー だ。

この話はそもそも、とある企業のショートストーリーの懸賞用に考えた。
ま、賞そのものは箸にも棒にもひっかからなかったけれど(笑)、個人的には気持ちのよい作品で、今回のブログの第1話として使うことに決めた。

舞台のイメージ元になったイタリアン・バールはJR六甲道のすぐそばに実在する。
イタリアンバール リベルタ である。


初めて連れて行ってもらったのは、先輩と飲みにいった帰り道で、その時はたしかカフェマッキアートかラッテマッキアーノかマロッキーノか、とにかくが入ったモノだったことだけはおぼえている(笑)

物語に使った写真は、実際にこのお店を3回目に訪れた時に撮影したものだ。その時は夕方に一人で行って(というか一度一人で行ってみたかった)、気さくなマスターときれいな奥さんと、しばしおしゃべりを楽しんだ。

最初に行った時、夜にこういう店が開いていて、そこでコーヒーを味わって帰る、という行為そのものが私には何だか新鮮で、某懸賞の募集要項を見た時には、すぐにここを舞台に書こうと思いついた。

こういう居心地のいい店でコーヒーを飲んで誰かと出会う。
そんな話にしようと思った。
しかしそれだけでは物語には出来ない。
いや出来ないこともないけれど、何かもうひとひねり。
もう一つ接点をつくりたい。
そんなことを考えながらある日の晩、駅から家までの道のりを歩いていた。

道のりといっても、駅から歩けば3分という、至極便利な家路の途中。
ふと駐車場のすみっこに立っている自動販売機が目に入る。

その瞬間、ああ、これでイケる!
と思いついた。

自動販売機サマサマだ(笑)



そうやって、コーヒーをベースに、イタリアンバールと自動販売機とをミックスして、夜というスパイスを加えて、このストーリーが出来上がった。

物語をつくるというのは、ちょっと料理っぽいかもしれない。
そう思いつつ、食材を仕入れに、今日もぶらぶらと歩いている。
歩きながらの妄想と空想は得意技である(笑)

ちなみに、物語を考える時に、まずすることは名前とプロフィールを決めることだ。この話の登場人物にも名前と年齢と職業なんかを決めている。時には口癖や趣味も考えてみる。
でもそのことには文中ではあえて触れなかった。
読んだ人それぞれが、どんなイメージを描くか、それにまかせたいと思う。



これはあとがきと言うんだろうか。
よく分からないので、あとがき風ということで。

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no.001 ある夜の出会い
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 欲しかったコーヒーのボタンには【売り切れ】の赤い文字が点灯していた。あきらめて家でインスタントでもいれようかなと思ってみたが、もう十一時を過ぎていたし、何より今日は、部下のミスへの対応と謝罪で、精神的にも体力的にもくたくただった。
「しょうがないわねえ」
 仕方なくロイヤルミルクティーのボタンを押した。
 かがんで缶を手に取って帰ろうとした瞬間、不意に鼻先に煎ったコーヒー豆の香りが漂ってきた。

     * * *

 あれほど疲れていたのに私は思わずふらふらとコーヒーの香りにつられて角を曲がり一本裏の道へ入っていった。
 やわらかい灯りと赤いテント屋根が目に入った。店名の看板の一番上に「バール」とあった。香りはここから流れていた。

 店はこじんまりとしたつくりだった。
 磨き上げられた大理石のカウンター、テーブル席が二つ。カウンターは立席専用になっていてイスは無かった。ゆるやかなジャズが耳に障らない程度の小さな音で流れているのが心地よかった。女性一人でもとても入りやすい雰囲気だ。
 こんな遅い時間に開いてるカフェがあるなんて。
 私は驚きと嬉しさを隠せなかった。

「カウンターでお飲みになると、少し割安になっております」
 三十代前半に見えるマスターがそう言ってメニューを差し出した。
 カプチーノ、カフェラッテ、マロッキーノ……
 カフェメニューが上品な書体で並んでいた。
 カウンターにいた二十代後半の女性と少し間を空けて立ち位置を決めると、私はカフェラッテを注文した。

     * * *

 飲み物が出てくるのを待つ間、ゆっくりと店内を見回してみた。
 ごとん、と足下で音がした。さっきの紅茶缶がカバンから落ちてしまったのだ。
 慌てて拾うのと、隣の女性が「あ」と声をあげるのが同時だった。
 身体を起こすと、カウンターにロイヤルミルクティー缶が置いてあった。

「もしかしてあなたも?」
「あそこの自動販売機で?」
 どちらからともなく笑いが起こる。
「おまたせしました」
 カウンター越しに私たちの注文が届けられた。
 彼女はエスプレッソを頼んでいた。
「それじゃあ」
 私たちは申し合わせたように同じ言葉を発した。

「かんぱい!」

(完)

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ブログスタート
はじめまして。

物書き願望に溺れる日々を過ごしつつ、
神戸や阪神間で、まちに関わる仕事をしながら、まちに潜む物語を書いています。
うろうろ歩いてノラネコの写真なども撮っています。

青みの色と日本の色名が好きなので、紺(こん)と名乗っています。
藍(あい)でも青鈍(あおにび)でも群青(ぐんじょう)でも瑠璃(るり)でもよかったわけですが、音にした時にもっともしっくりときたのが紺でした。

いつになるやら分かりませんが、物語を書くことを、いつか仕事にしたいと目論んでおります。
今はまち系のミニコミ紙「きんもくせい」に掌編「まちのものがたり」を連載しています。

書いたものを好きになってくれる人が、たった一人でもいたらしあわせ。
たくさんいれば、それはそれで大変ありがたい(笑)
誰かにとって特別な物語。そういふストーリーを紡げるようになりたいものです。

このブログでは、日記代わりに写真から生まれたショートストーリー(かなり短いお話も含め)を書き、そのネタ話、読んだ本のこと、不思議な夢、などをご紹介していこうと思います。

ちなみに、好きな作家は……
星新一、阿刀田高、中島らも、原田宗典、東野圭吾、川上弘美、乙一、群ようこ、畠中恵、吉田篤弘、クラフト・エヴィング商会、などなど。

ご感想などをコメントいただくとうれしいです。
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