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書く人・紺の短編作品と書き物雑談。猫好き、本好き、空想好き。写真と言葉と夢から紡ぎ出す、ささやかな物語。
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瓶詰め兄弟の本棚 -プロローグ-
 私は兄の年齢を知らない。

 幼かった私に、温かいミルクスープを作ってくれ、靴ひもの結び方を教えてくれ、眠れぬ夜に枕元で本を読み聞かせてくれた兄は、確かに私よりは年上で、だから兄なのは間違いないのだ。

 両親についての記憶はほとんど無い。
 私にとっては兄が、母であり、父であり、先生であり、友であった。

 細身で長身の兄は、小柄な私から見るとずっと年上に見えていたのだが、私の髪と髭が兄同様に真っ白になってしまった今では、どちらが上でどちらか下なのかは、霞のように曖昧になっている。


「さあね、数えたことがないんだ」


 ずいぶんと昔、年を尋ねた時に、兄は冗談めかして答えた。それ以降、聞いたことはない。


 私たちが住む一軒家は、小さな森の中にある。
 古いが造りはしっかりしていて、多少の嵐ではびくともしない。
 普段は鳥と木立に囲まれて暮らし、丘を一つ越えれば町に出ることもできる。と、なかなかいい具合で、兄も私もこの家を初めて見たとき、移り住むことをすぐに決めたのだ。
 あれはまだ私が「少年」と呼ばれてもおかしくないくらいの頃だったが。

 兄は週に一度、長い散歩をする。朝六時半に出かけて、八時きっかりに帰ってくる。
 隣の森に行くこともあれば、麓の町をめぐってくることもある。

 朝起きると身なりを整え、杖と革のショルダーバッグ、そして十年以上愛用しているハンチング帽を身につけて、颯爽と出かけていく。
 その間に私はゆっくりと朝食の支度を整える。
 ちょうど温かい珈琲が入った頃に、だいたい兄は帰ってくるのである。


 珈琲カップのそばに、兄はポケットから取り出したものを置く。

 カタリという時もあれば、コトンという時もあり、音をたてない時もある。
 糸くずだったり、コルク栓だったり、どれも他愛の無いものばかりだ。
 でもそっと触れると、その小さなものたちが何を見て感じてきたのかが少しだけ伝わってくる気がするのだ。


 朝食を終えると私は隣接する工房へ向かう。
 昔作った私のガラス瓶たち。その中から兄が拾ってきた小さな物を詰めるのに最適な瓶を選ぶのだ。

 そうして小さな瓶詰めがまた一つ、出来上がる。


 この家の中で私が、そしておそらく兄も、最も愛おしく思っている場所は書斎である。

 三方にみっしりと大きな本棚が並び、前の住人が残したありとあらゆる本たちが暮らしている場所。
 私は人生のだいたいの事を、兄とこの本たちから教わったといえる。

「どこがいいだろうね」

「クリムトの画集の横なんかはどうだろう」

「ゴーリーの絵本の前も捨てがたいよ」


 私は兄と、小さな瓶詰めをどこの置くのか相談する。
 一番似合う場所を、じっくりゆっくりと吟味する。




瓶詰め兄弟の本棚



==================
2014年2月15日〜26日に
神戸・灘の古本屋ワールドエンズ・ガーデンにて開催した
中川 紺 物語作品展「瓶詰め兄弟の本棚」より


続きの話は、どうぞみなさまのご想像にて。
兄弟は今も小さなモノたちを瓶詰めし、
書斎の本棚に神妙な顔つきで並べているに違いありません。
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